前田日記(写真集)
ブログトップ
<   2010年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧
就職祝と合格祝 そして忘年会~大乃
先日、嬉しい知らせが届いた。

それは、
匡輔の就職先と太陽の進学先が決定したということだ。

匡輔が来春に就職する”木都里亭”は、
関東ITソフトウェア健康保険組合の会員専用で、
一般では利用することができない。

店内は、シックなイメージの和風レストランで、
本格的な会席料理を楽しめる。
旬の厳選した素材は勿論、
器やお膳の、しつらいにも季節感あふれる心配りをしているようだ。

会員ではない私は入店できそうもないので、
いつか、匡輔に食べさせてもらおうと思っている。
(^_^)v

また、過日、匡輔の学校が東京都専門学校軟式野球選手権大会で、
昨年に続き、見事に2連覇を達成して、全国大会に出場した。
残念ながら2回戦で敗退してしまったが、
仲間達との全国大会を楽しむことができ、
卒業前の良き想い出になったことだと思う。

来春になり、
匡輔が就職した際には、
初任給で母上様にプレゼントを渡すことだろう!
(^_-)-☆


次に太陽!
太陽は日本大学国際関係学部に進学し、野球を続ける!
(^_^)
野球部は東海地区大学野球連盟に所属しており、
この秋は静岡学生野球リーグで優勝していた。

この学部は、日本で最初の国際関係学部として昭和54年に創設され、
国際社会を見据えて、専門知識を身につけながら
人格を高めてゆくことを目指しているという。

太陽には、大学4年間の野球を楽しむと共に、
自分自身に課題を与えて、厳しい練習を耐え抜いて、
選手権や神宮大会の出場を目指してほしい。
そして、その4年間で将来に羽ばたくための準備をしてほしいと思う。


ということで、明日の夜は大乃に集合!
(^_^)
場所は田町!


大乃を経営されている大野雄次さんは、横浜-巨人-ヤクルトで活躍され、
私が現役当時にも御世話になった方である。
店は、鰻や牛タンの小料理屋で、毎日大繁盛してる。

皆様も、是非とも一度は食べに行ってみてください。
料理も美味しいし、何より雄次さんが、とてもイイ人です。

「前田の友人です!」
と言えば、割引してくれるかもしれません!?
(^_^)v
逆に割り増しになってしまったらすみません。
(^_^;)

ということで、明日は匡輔と太陽の御祝いをしよう!

それと!
季之、智博、庸多も合流してくれるようなので、とても楽しみである。
みんな、其々の道で頑張っているようだ。
一生懸命な彼らを、いつまでも応援しようと思う。

■当日の写真
e0089732_559053.jpg


e0089732_5593561.jpg


e0089732_5594317.jpg


e0089732_5595244.jpg


e0089732_5595979.jpg


e0089732_60947.jpg


e0089732_601739.jpg


e0089732_602522.jpg


e0089732_603316.jpg


e0089732_604328.jpg


・・・前田隆

前田日記写真集はこちら
[PR]
by maeda_takashi | 2010-11-25 06:25 | 【前田日記】
前田繁信(明治40年3月15日-平成22年11月24日)
今日、午前3時に父方の祖父、前田繁信がこの世を去った。
103歳と254日という生涯をどのように駆け抜けてきたのだろうか・・・

祖父と既に先立った祖母との想い出と云えば、
私が幼稚園生の夏、家族で里帰りをしたときのことを想い出す。

私は、この頃から散歩が好きだったのか、
外出することを誰にも伝えず、海岸線まで冒険に出掛けた。
すると、魚釣りをしている一人のおじさんと出会った。

私は、釣り上げた魚を覗き込んで、
『なんていう魚ですか?』と訊いた。
釣り人は「メジナち言うとばい」と教えてくれた。
私は海沿いを散歩しては釣り人の所に戻ったり、うろうろしたりしていた。

すっかり日が暮れるのも忘れて散策に夢中になっていた。
その頃、実家では大騒ぎとなっていることも知らずに...

爺様婆様を含め、家族総出で辺りを探し回っていたようだ。
私はそんなことを知るはずもなく、お腹がすいたので帰宅した。

すると、爺様と婆様は口を揃えて、
「どけいっとったん?」

『海で魚釣りのおじさんと話ちょった』

「ほんのこつ、よー一人で海まで行ったとばいね~。
ばってん、恐ろしかなかったね?」

『うん、大丈夫じゃった』

みんなが心配をして捜し回っていたこと知ったときは、
5歳なりの申し訳なさを感じたことを覚えている。


もうひとつ、小学1年生の頃、
当時、延岡から熊本に向うには、
高千穂を抜け、高森峠を越える道を利用していた。
その道幅は狭く、カーブが延々と続いていた。
夏休みに入り、父親と二人で里帰りとすることになったのだが、
天候は悪く、ドライブには最悪のコンディションであった。

車は順調に高森峠を越えたのだが、
下り坂にさしかかったところで、土砂崩れに遭遇した。
直接的な災害を受けることはなかったのだが、足止めをくってしまった。

他の道を経由すると2時間ほどロスをする。
父親は迂回することと、宿泊することを決定して車を進めた。
父親と二人きりで宿泊することも食事をすることも初めての経験で、
少しだけ緊張した記憶がある。

翌日、無事に実家に到着すると、
祖父は、
「まっごと心配しとったで、大変やったな~」と言って出迎えてくれた。
祖母は、
「よーこらした」と言って、飲み物を渡してくれた。
そのときに飲んだ三ツ矢サイダーの味が今でも忘れられない。

現在その道は、阿蘇くじゅう国立公園特別地域として、
人々に親しまれるドライプスポットとなっている。
春には、約6000本の桜が咲き誇り、
山頂付近からの阿蘇五岳と南阿蘇平野の眺望はとても綺麗である。


また、祖父母の家には、私の目を引く写真がたくさんあった。
それは、軍艦の写真である。

戦艦大和を筆頭に武蔵、長門、陸奥などの写真を見て、
子供ながらに、
『昔の人はすごいな~。乗ってみたいな~』と思った記憶がある。


1907年3月15日に生まれて、
2010年11月24日までの生涯は、
幸せだったのだと信じている。

明日は私の誕生日だ。


御爺様
やすらかにおやすみください。
そして、私に生を与えてくれたことに感謝致します。

・・・前田隆

前田日記写真集はこちら
[PR]
by maeda_takashi | 2010-11-24 03:00 | 【前田日記】
強制旅(^_^)~京都
今日の旅は古都京都。

京都と云えば見所満載!
その中でも秋の京都といえば紅葉!
昼間も綺麗なのだが、夜にライトアップされている紅葉は、とても幻想的だ。
時期的に少し早いが、是非とも夜の紅葉を見てみたいと思っている。


今日は京都駅から貸し切りバスに乗り、二日間の観光を楽しむ。
行く先の要所は西本願寺、嵐山、金閣寺、平安神宮、南禅寺、清水寺、
三十三間堂といったところか。

西本願寺とは、
正式名称を”龍谷山 本願寺”といい、浄土真宗本願寺派の本山と
真宗大谷派の本山である”東本願寺”と区別するために通称で呼ばれている。
境内は国指定の史跡で、文化財として世界遺産にも登録されている。
e0089732_169014.jpg

嵐山とは、
国の史跡および名勝に指定されている桜や紅葉の名所である。
平安時代に貴族の別荘地となって以来、京都の代表的な観光地となっていて、
桂川にかかる渡月橋は嵐山の象徴になっている。
e0089732_169178.jpg

金閣寺とは、
正式名称を鹿苑寺といい、臨済宗相国寺派の寺で古都京都の文化財として
世界遺産に登録されている。
中心となる建築物である舎利殿を金閣、寺院全体を金閣寺と通称している。
e0089732_169267.jpg

平安神宮とは、
平安遷都1100年を記念して、1895年に創建された神社で、
平安京遷都を行った桓武天皇と、
平安京最後の天皇、孝明天皇が祀られている。
e0089732_1693687.jpg

南禅寺とは、
臨済宗南禅寺派大本山の寺院で、日本最初の勅願禅寺であり、
日本の全ての禅寺のなかで最も高い格式をもっている。
また、三門は、知恩院三門、東本願寺御影堂門とともに、
京都三大門の一つに数えられていて、方丈は国宝に指定されている。
e0089732_1694698.jpg

清水寺とは、
法相宗系の寺院で、平安京遷都以前からの歴史をもつ寺院であり、
文化財としてユネスコ世界遺産に登録されている。
思い切って物事を決断することを
「清水の舞台から飛び降りるつもりで!」
と言うが、清水寺の古文書調査によれば、
実際に飛び降りた人が1694年から1864年の間に234件に上り、
生存率は85.4パーセントであったという。
e0089732_10122062.jpg

三十三間堂とは、
天台宗妙法院の境外仏堂であり、
元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂である。
本堂や千手観音坐像、風神・雷神像、二十八部衆立像は国宝に、
南大門や太閤塀、千手観音立像は重要文化財に指定されている。
e0089732_1610610.jpg

さて、雑情報はこれくらいにしておき、宿泊先はというと、
鴨川と高瀬川に挟まれた京の風情が漂う路地を四条から少し下った所にある
京料理専門の旅館だ。
今晩は美味しい料理と鴨川を臨む自慢の展望風呂に浸かって、
旅の疲れを取りたいと思う。


ところで、京都が794年に日本の首都に定められた千年の都ということは
周知の通りなのだが、
現代の子供達が歴史年号を暗記する時の語呂合わせは
昔と今とでは変わりはないのだろうか?

「鳴くよ鶯平安京?」
「泣くよ坊さん平安京?」

では出発!

・・・前田隆

前田日記写真集はこちら
[PR]
by maeda_takashi | 2010-11-13 05:01 | 【前田日記】