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前田日記(写真集)
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前田繁信(明治40年3月15日-平成22年11月24日)
今日、午前3時に父方の祖父、前田繁信がこの世を去った。
103歳と254日という生涯をどのように駆け抜けてきたのだろうか・・・

祖父と既に先立った祖母との想い出と云えば、
私が幼稚園生の夏、家族で里帰りをしたときのことを想い出す。

私は、この頃から散歩が好きだったのか、
外出することを誰にも伝えず、海岸線まで冒険に出掛けた。
すると、魚釣りをしている一人のおじさんと出会った。

私は、釣り上げた魚を覗き込んで、
『なんていう魚ですか?』と訊いた。
釣り人は「メジナち言うとばい」と教えてくれた。
私は海沿いを散歩しては釣り人の所に戻ったり、うろうろしたりしていた。

すっかり日が暮れるのも忘れて散策に夢中になっていた。
その頃、実家では大騒ぎとなっていることも知らずに...

爺様婆様を含め、家族総出で辺りを探し回っていたようだ。
私はそんなことを知るはずもなく、お腹がすいたので帰宅した。

すると、爺様と婆様は口を揃えて、
「どけいっとったん?」

『海で魚釣りのおじさんと話ちょった』

「ほんのこつ、よー一人で海まで行ったとばいね~。
ばってん、恐ろしかなかったね?」

『うん、大丈夫じゃった』

みんなが心配をして捜し回っていたこと知ったときは、
5歳なりの申し訳なさを感じたことを覚えている。


もうひとつ、小学1年生の頃、
当時、延岡から熊本に向うには、
高千穂を抜け、高森峠を越える道を利用していた。
その道幅は狭く、カーブが延々と続いていた。
夏休みに入り、父親と二人で里帰りとすることになったのだが、
天候は悪く、ドライブには最悪のコンディションであった。

車は順調に高森峠を越えたのだが、
下り坂にさしかかったところで、土砂崩れに遭遇した。
直接的な災害を受けることはなかったのだが、足止めをくってしまった。

他の道を経由すると2時間ほどロスをする。
父親は迂回することと、宿泊することを決定して車を進めた。
父親と二人きりで宿泊することも食事をすることも初めての経験で、
少しだけ緊張した記憶がある。

翌日、無事に実家に到着すると、
祖父は、
「まっごと心配しとったで、大変やったな~」と言って出迎えてくれた。
祖母は、
「よーこらした」と言って、飲み物を渡してくれた。
そのときに飲んだ三ツ矢サイダーの味が今でも忘れられない。

現在その道は、阿蘇くじゅう国立公園特別地域として、
人々に親しまれるドライプスポットとなっている。
春には、約6000本の桜が咲き誇り、
山頂付近からの阿蘇五岳と南阿蘇平野の眺望はとても綺麗である。


また、祖父母の家には、私の目を引く写真がたくさんあった。
それは、軍艦の写真である。

戦艦大和を筆頭に武蔵、長門、陸奥などの写真を見て、
子供ながらに、
『昔の人はすごいな~。乗ってみたいな~』と思った記憶がある。


1907年3月15日に生まれて、
2010年11月24日までの生涯は、
幸せだったのだと信じている。

明日は私の誕生日だ。


御爺様
やすらかにおやすみください。
そして、私に生を与えてくれたことに感謝致します。

・・・前田隆

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by maeda_takashi | 2010-11-24 03:00 | 【前田日記】